隠居医者の独り言

フクタ皮フ科院長の「独断と偏見」によるブログです。

2008年10月11日(土)

すい臓癌の友人(完結・4/5) [診察室より]

手術後の回復は至って早く、術後2週間で退院して日常生活を始めました。この頃から、彼は自分の生きてきた証となるものを残したいと言って、絵画教室へ通い油絵を描き始めました。最初の頃は、1時間も絵筆を持っていると、精神的にも肉体的にもクタクタになってしまうと、愚痴ともつかない事を言っていましたが、数週間もすると、ほとんど毎日楽しそうに絵画教室に通い、数時間絵筆を握るのが日課となっていました。この楽しく過ごした時間が、彼の癌との戦いの中で、良い結果をもたらしたのでしょう。

仕事を辞めて、仕事上のストレスがなくなったことと、その空いた時間を絵画教室で、病気のことも忘れて楽しく過ごしたことは、癌治療にとってクルマの両輪の関係にあると思います。その結果でしょう。第1回目のバイパス手術が終わった直後から、すい臓癌の腫瘍マーカーの値が毎月下がって行ったのです。

主治医からは、「癌細胞にはメスは入っていません。通過障害のある部分のバイパスを行っただけです。しかし、小腸全体にカビのように癌細胞が飛び散っています。」と言われたことを、彼は私に教えてくれていました。それが、手術直後の6月には261の高値を示していたものが、毎月減少して行って、半年後の12月には79まで下がっていたのです。これには本人もたいそう気を良くして、「この結果には主治医も驚いているんだわ」と嬉しそうに言っていました。

腫瘍マーカーは、あくまでも癌細胞の勢いを示すものです。この間は彼自身の免疫系が活発に働いて、癌細胞と戦った結果であろうと推測します。

(正常値37以下)
腫瘍マーカーCA19-9
平成18年 9月 すい臓癌の精密検査始まる
10月 445
11月
12月 某大学病院外科入院
平成19年 1月 410
2月 抗癌剤の薬疹起きる
3月 170 石垣島へ旅行する
4月 165 癌性腸閉塞で緊急入院する
5月 1回目バイパス手術を受ける
6月 261 絵画教室にて油絵作製を始める
7月 187
8月 117
9月 97
10月 82
11月 77
12月 79 河口湖マラソンで10km完走
平成20年 1月 124
2月 113
3月 259
4月 367
5月
6月 2回目バイパス手術を受ける
7月
8月 3回目バイパス手術を受ける
9月 死亡

この頃、私は、彼が最初に入院した某大学病院の教授先生がおっしゃった、このすい臓癌は10年位前からあったでしょう、という言葉が気になっていました。このように免疫系がうまく機能すれば、早期の癌なんか消えてなくなってしまうのだろうな、と考えていたのです。

Posted by 福田金壽 at 18時11分

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プロフィール

福田金壽

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院長

福田金壽

生まれ故郷の江南市布袋町で、皮膚科医院を昭和57年に開業しました。その間、数多くの人々の所謂「生老病死」に医者として関わってきました。
私なりの「独断と偏見」の人生観が出来上がってきたようですので、隠居医者の独り言として、記録に残してみようと思います。

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