隠居医者の独り言

フクタ皮フ科院長の「独断と偏見」によるブログです。

2005年11月17日(木)

天才騎手 [閑話]

中央競馬の天才騎手と言われる、安藤勝己さんと居酒屋で歓談する機会がありました。「レースでは、馬の能力の5割程度しか引き出してはいないのではないだろうか。馬の全能力を引き出すことが出来たら、ほぼ全てのレースで勝つことができるのではないだろうか。」と、ふと漏らした一言が印象に残りました。

超一流の馬と超一流の騎手が組んで、それぞれの限界に挑戦する中央競馬です。調教馬場で走るわけではないのですから、様々な予測不可能な事態が生じるのでしょう。そこで勝利するのは、やはり能力だけではなく、それ以外の部分も非常に大きなウェイトを占めているのでしょう。天才の一言は奥が深いなぁと感じました。

Posted by 福田金壽 at 22時53分   パーマリンク

2005年11月09日(水)

闘牛 [旅行記]

土俵には直径30mの円形の鉄柵が張りめぐらされ、中央に少し砂を盛り上げられています。その周囲には4段のスタンドが並び、観客はむき出しのコンクリートの上に腰を下ろします。その数はおよそ350〜400名。土俵の向こう正面には、エレキギターとドラムの演奏と島唄を歌い、闘牛場を盛り上げる芸人一座。正面の主賓席には、石垣市長さんと、闘牛士会会長さんと、八重山新聞社の記者さんが並んでいるというのが、スタンド風景です。

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土俵中央では、体重700kg〜900kgの闘牛用の雄牛が2頭、頭を低くして角を突き合わせての力相撲。行司役は、地元の闘牛士2名が、それぞれの牛に「あいは〜」と掛け声をかけて力付けます。スタンドのお客さんも、それぞれひいきの牛の名前を呼んで応援します。そこに、闘牛士会会長さんの解説がマイクで入り、またお客さんがそれに反応します。

取り組みは全部で13番。大関、横綱の取り組みになる頃には、我々も夢中になって観戦していました。一番感動したことは、勝利した牛が土俵中央で、「どうだ」と言わんばかりに、勝ち誇った態度をありありと見せたこと。そして、負けた牛は全身に「くやしさ」を表して、土俵のまわりを声を出して駈け回ります。この光景が、すべての取り組みの後に見られるのです。牛たちも誇りを持って闘っているのだ、というのが伝わってきました。

更に、勝利した牛の背中には、飼い主の家族とおぼしき子供が乗って、踊り出すのです。そんな光景を見ながら、闘牛の牛も本当にかわいがられて飼われているのだろう、そしてこうした闘牛という文化を通して、郷土愛がおのずと出て来るのだろうな、と感じたのでした。

Posted by 福田金壽 at 13時55分   パーマリンク

2005年11月08日(火)

地球温暖化 [旅行記]

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毎年11月の第1日曜日は、石垣島の島民祭りです。八重山諸島の島民が、1年に1度石垣島に集まって、祭りを楽しむのだそうです。

100年以上前の島の建物を集めて保存してある八重山民族資料館を訪ねて、島唄や島踊りを三線(さんしん)と太鼓の演奏で披露していただきました。島踊りを踊ってくれた島の“おばあ”さんが、「私が島に戻って子育てを始めた頃、今から22、23年前に、石垣島祭りが始まったサー。毎年祭りは11月の第1日曜日に決まってるサー。その頃は、ジーパンに革ジャンをはおっていたサー。それが今では、こんな夏の服装でも暑いサー。季節も変わったサー。最近は、本土にもサンゴ礁が出来てると聞いてるサー。そのうち本土が亜熱帯になって、石垣島が熱帯になって、綺麗なサンゴ礁もなくなってしまうかもしれないサー。」と説明してくれました。

また、牛の肥育農家を営んでいる友人は、「今年の2月は日照不足でマンゴーがほとんど全滅、7〜9月には風速50m級の台風が毎週のように続いたせいで、収穫寸前の石垣島バナナが全部落下してしまった。まあ牛は強くて丈夫だから良かったけどね。」と笑って話してくれました。

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更に、一方の北極では、氷が溶けて北極熊の住む環境が悪化し、南極ではオゾンホールが年々大きくなり、最近はオーストラリア上空まで広がっているそうです。

地球温暖化の影響は、大自然が豊かな熱帯・亜熱帯極地では、都会に住む我々の感じている以上に進行しているのでしょう。個人としては、出来るだけ環境に負担を掛けないような生活をする配慮をしながら、生きて行かなければいけないなと思いました。

Posted by 福田金壽 at 11時29分   パーマリンク

2005年11月07日(月)

住めば都 [旅行記]

11月2日から6日まで、4泊5日で友人と石垣島に旅行していました。目的は物見遊山と、06年石垣島トライアスロン大会出場を目標にチャレンジしていますので、その下見です。

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伊原間

石垣島の人口は約45,000人で、そのうち5,000人ほどが、温暖な気候とサンゴ礁に囲まれた風土に魅せられて、本土から住居を移して生活しておられるのだそうです。石垣島の人は、元々の島民をシマンチューと呼び、移住の人々をナイチャーと呼んで区別するのだそうです。

私の友人も、ナイチャーとして5年前に石垣島に住居を移して、今では親牛を11頭肥育する農家として生活しています。話を聞いてみますと、住んでみると、1年を通しての暑さと台風に手を焼き、友人・親戚を捨てて離島して生活することのストレスもそれなりに大きいようです。男性はその憧れが強くて我慢もしますが、男性についてきた奥さんにそのストレスが大きいような気がしました。

昔の人が言うように、所詮人間どこに住んでも、住めば都なのです。良いこと半分、悪いこと半分、結果はおんなじこっちゃ!ということでしょう。

Posted by 福田金壽 at 10時35分   パーマリンク

2005年11月06日(日)

結果考えたこと [健康管理]

人間の大脳は、目で見たもの、耳で聞いた音、鼻でかいだにおい、肌で感じたものを、脳の中で処理して、それらをまとめて記憶として留め、必要がある場合に思い起こして、自分の筋肉を通して、何らかの行動を起こして生きているわけです。

しかし、この記憶は脳の中にあるのか、また別な所にあるのか証明されていません。脳の働きは、必要な記憶を思い起こして、うまく対応することを目的とするための臓器なのです。

その他、体温、食欲、性欲をコントロールしたり、ホルモンのバランスを調節したり、運動制御は、小脳とか脳の中心部の脳幹という部分で行っています。

人間が他の動物と異なるのは、この大脳が非常に発達していることなのです。必然的に、人間の経験は良い経験ばかりでなく、いやな経験もあります。そして、性格とでも言いますか、良い経験を主体に自分の人生を組み立てて行く人(楽観的な人)と、いやな経験を起こさないように人生を組み立てて行く人(慎重な人)の2種類に分けられるように思います。

その、どちらが良いとか、悪いとか言うつもりはありませんが、それぞれ思考パターンが全然違うのです。それを、言葉という大変便利なものを使用して、生活しているのですが、頭の中に浮かんでいるイメージは、人それぞれ異なっているのです。例えば、「リンゴ」と言っても、赤いリンゴが浮かぶ人、青いリンゴが浮かぶ人もあります。英国人などは、ビートルズが出て来るかもしれません。人は会話を通して、自分の頭の中のイメージが、他人に通じたと思っていますが、全然異なるイメージが浮かんでいる人もいるのです。

このイメージが共有しやすい人を、波長が合うと言い、共有しにくい人は、波長が合わないと表現するのかと思います。この波長が合う合わないは、身体は正直ですから、敏感にとらえるのではないでしょうか。

しかし、意識は「うまくやろう」が基本形ですので、ここで矛盾が生じてきます。診察室で多くの患者さんと接していると、若くて体力があり、頭も心も柔軟性があるうちはそれでいいのですが、子供、老人はそのようには行きません。そこで、身体の弱い部分に、様々な病気を引き起こして、その矛盾を訴えているような気がしてなりません。

これまで、3人の病人(糖尿病、うつ病、認知症)と付き合ってみて、病気になってしまってからでは、完治は無理。病気とうまく付き合って行くだけ、ということがわかりました。

病気の予防を考えた場合には、(1) 筋肉を鍛える。(2) 頭を使う(前向きに考える)。(3) 気を使わない(クヨクヨ考えない)。この3つを、同時にすることが必要と考えられます。

私は、若い頃には、一時期トライアスロンに憧れたこともありました。50歳過ぎて、大変なことはわかっていますが、人生1回きりです。今出来ない事が、10年経って出来るわけがないのです。そんな気持ちもあり、来年トライアスロンに挑戦してみようと思い立って、ひそかに準備しています。これが、第4の実験となります。以後、この実験について、書いて行きたいと思っています。

Posted by 福田金壽 at 23時31分   パーマリンク

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福田金壽

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院長

福田金壽

生まれ故郷の江南市布袋町で、皮膚科医院を昭和57年に開業しました。その間、数多くの人々の所謂「生老病死」に医者として関わってきました。
私なりの「独断と偏見」の人生観が出来上がってきたようですので、隠居医者の独り言として、記録に残してみようと思います。

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「布袋ぶらりん日和」その2

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