隠居医者の独り言

フクタ皮フ科院長の「独断と偏見」によるブログです。

2005年12月20日(火)

諦める [診察室より]

二十代後半の女性が、最近口の周りに「吹き出もの」が出来て治らないので、何とかしたいということで来院されました。私はいつものように、「意識と体のバランス」が崩れた為に体が出している、ついていけない信号ですよと説明をしました。

それが終わると、彼女は「実は前十字靭帯断裂を起こして、来年の二月に手術を受ける予定ですが、いまいち気乗りがしないのです。」と言い始めました。詳しく聞いてみると、彼女は学校の先生で、バレーボールの指導者をしているそうです。練習中に靭帯断裂を起こし、このままでは日常生活は普通に送れるが、バレーボールの練習は無理と診断され、バレーボールがしたければ手術が必要で、来年二月に予定されているのだそうです。

それに対して私は、「靭帯断裂は起きてしまったことですから、仕方がないと断念しなければなりません。しかし、あきらめるという言葉には、一方で“明らかに見極める”といったプラスの意味もあるのです。自分自身の自然治癒力を信じて、試してみてはどうですか。膝の負担が少ない、プールの歩行訓練から始めてみてはいかがですか。」と提案しました。

たとえプールでの歩行訓練をして、期待通りに手術しなくても済むようにはならなくても、「明らかに見極める」気持ちを持てば、手術を受けるにしても結果は良いでしょうし、回復も早くなるものと信じます。昔から「病は気から」と言いますし、「自然治癒力も気の持ちよう」と思っています。人間の体はそんなものなのです。

こんなやり取りの中で、彼女の言葉がだんだんはっきり明確になっていくのを感じていました。最後に彼女は、「やりもしないでウジウジ言うな!ということですね。」と、ニッコリ笑って診察室を出て行きました。

Posted by 福田金壽 at 21時39分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2005年12月16日(金)

バカなおとなにならない脳 [閑話]

養老孟司先生講演会

今日、名古屋で養老先生の講演会があり、拝聴する機会がありました。先生の第一印象は、以前からの想像通り「いろいろな物の見方、考え方が出来るすごいオジサン」という感じでした。

講演の内容については、私の独断と偏見がまじっていますが、その点はご勘弁いただき、以下にまとめてみました。

人間は見たり、聴いたり、感じたものを、コトバを使って脳の中に概念として取り込みます。このような脳の形式は人間だけだそうです。たとえばネコに、取れたてのサンマと数日間冷蔵庫の中に置いたサンマを焼いて目の前に出すと、必ず取れたてのサンマを食べます。ネコにとっては、同じ焼いたサンマでも、取れたてのサンマと冷蔵庫の中のサンマは異なるものなのです。しかし、人間にとっては「焼いたサンマ」で、同じものになってしまうのです。

バカなおとなにならない脳

バカなおとなにならない脳

人間も子供の頃は、感性を主体として好奇心に満ちて世の中を見ていたはずですが、色々なことを経験し学習すると、物事を概念としてとらえるクセが出来るのです。これが進行すると、頭の中で固定概念として出来上がり、好奇心と感性が消えて行くわけです。

この連鎖が進行して、固定概念がどんどん大きくなると、立派な「バカなおとなの脳」が出来上がるわけです。「バカなおとなにならない脳」であるためには、固定概念にとらわれず、自分の感性を大切にして、好奇心豊かに生きることが大切なのかと思い帰ってきました。

Posted by 福田金壽 at 21時02分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

わかる人にはわかる話 [診察室より]

少子高齢化の進行と、人口の都市への一極集中が生じた結果、日本の田舎の集落が崩壊しています。これによって、棚田が荒れ果て、耕作放棄が進み、地滑りを起こし、土砂が河川を埋めて、やがて下流の都市にも悪影響を及ぼし、大きな問題になるであろうと、NHKテレビで放送していました。

政府も田舎の振興策をいろいろやったが、結果的には成功したとは思えません。田舎の過疎化はひたすら進行しているのです。道路整備をすればスポイト現象が生じ、田舎の人々が道路を利用して都会へ出て行ってしまい、過疎化は一層進行するだけなのです。農業振興としてさまざまな補助金を出せば、それが農家の借金の元となり、逆に首をしめているありさまです。

開業医として多くの患者さんを診ていると、今の医療の中にもこれと似た構図があるように思えてなりません。患者さんにただクスリを与えて治療をしていると、根本的にちっとも快方に向かわないのです。クスリを使用すれば一時的に症状の緩和はできますが、また再発するのです。そのうちに薬の量が増え、症状は重くなっていくのです。

私は、多くの病気は自身の体力と意識のバランスが崩れた場合に、新陳代謝や自然治癒力(免疫力)が低下して、自らの身体・精神の弱い部分にほころびが生じるものと考えています。従って、最近は病気を考えるときに、治療を考えるのではなく、予防を考える方が根本的に効果があり、安上がりであると信じています。

「では、どうしたらいいのですか?」と患者さんに聞かれます。そのときに、「人間の体質と性格はほとんど変わりません。しかし、考え方は自身の思いですから、変えることはできますよ!自然の中の気持ちのいい所で、いい空気を吸って、忘れていた自分自身の魂の部分を見つけてみたらどうですか?」とアドバイスしています。

こんな漠然とした言い方でも、わかる人にはピンと来るようですし、わからない人には全くわからないのです。理解できない患者さんには申し訳ないのですが、まあ隠居医者の独り言とでも思っていただいて、毎日の診療をしている次第です。

Posted by 福田金壽 at 20時15分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2005年12月09日(金)

過ぎたるは及ばざるが如し [健康管理]

昨日より、何となく調子が悪いのです。朝もいつものように起きられず、昼休みにいつものように自転車に乗っても、今いちスピードに乗れないのです。今日も、その状態が続いています。

原因は、7日にスキーに行き、普段使わない筋肉を使い、思いきりはしゃいで、更にその夜プールへ行って泳いだことが、オーバーワークになったのです。

スキーをして、泳いでいる間は、脳の中では脳内物質(アドレナリン、エンドルフィン等)をバンバン出して、身体を動かし続けたのでしょう。とっても気分良く動けたのですが、一晩眠って目が覚めてみると、身体が悲鳴を上げているのです。こうした状態が続くと、身体の弱い所に病気として出るのです。人それぞれ弱い所が異なる為、病気として出方が異なるだけです。

普段診察室で、患者さんに注意していることが、今まさに自分自身の身体に起きようとしているのです。幸い身体がまた頑張ってくれたのでしょう。病気にまで至らなかっただけなのです。ここは、丈夫な体に生んでくれた、親に感謝して、出来るだけ自然の中でいい空気を吸って、身体の自然回復力が高まるようにします。

古人曰く
・過ぎたるは及ばざるが如し
・紺屋の白袴
・医者の不養生
こんなことわざが思い出される数日間でした。

Posted by 福田金壽 at 22時58分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2005年12月06日(火)

事故再発防止 [診察室より]

今日、朝日新聞の朝刊を読んでいますと、17面に『医師の処分厳格化・再教育義務づけへ 取り戻せる?患者の信頼』と、大きな見出しで記事が掲載されていました。内容については、「医療事故の警察への届け出が、97年21件であったものが、04年には255件に増え、民事医療訴訟も、597件から1,107件にはね上がった。対策の柱は、行政処分の厳格化と再教育制度の導入である。」というもので、いろいろな意見が出されていました。

この記事を読みながら、今日会った友人の奥さんの言葉が思い出されましたので、書き留めておきます。

彼女には、28歳になる息子がいます。彼は、今年4月に脳腫瘍(グリオーマ)と診断され、6月には東京女子医大病院で手術を受ける予定になっていましたが、彼女は手術には消極的で、もう少し待って色々な情報を調べてから判断したいと考えて、手術を延期してもらうことにしました。

その間に、セカンドオピニオンを求めて、有名な大学病院を受診したり、民間療法を試してみることにしました。そのうちの、浜松医科大学脳外科を受診したときの話です。浜松医科大学脳外科は、教授をはじめとして、脳腫瘍、特にグリオーマについて、従来の手術ではなく新しい治療を研究している医局だそうです。そして、動物実験の段階では、良い治療成績が出ているとのことです。

彼女はそのことをインターネットを通して知っていて、診療の最後にその新しい治療法を受けてみたいと切り出したそうです。すると教授は、「こうした新しい治療法は、動物実験でどんな良い成績を収めても、最後は人間に試してみないとわからないものなのです。最近はいろいろな縛りが増えて、人体実験のような新しい治療法はスタンドプレーと見られて、臨床実験ができないのです。」と嘆かれたのだそうです。

「白い巨塔」ではありませんが、医学会内部には今でも色々な派閥があり、その中では、嫉み、ひがみ、足の引っ張り合いが行われているのも現実です。あまりにも法律で縛り過ぎると、それが派閥争いに利用され、本当に新しい治療がほとんど出来なくなっってしまう、という問題も生じてきます。

臓器移植では、日本は世界に遅れていて、多くの日本人が臓器移植を求めて、海外へ渡らざるを得ない時代が長く続いたことの原因のひとつであるように思います。その反省が、記事では触れられていなかったような気がしましたので、ここに書き留めておきました。

Posted by 福田金壽 at 22時36分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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院長

福田金壽

生まれ故郷の江南市布袋町で、皮膚科医院を昭和57年に開業しました。その間、数多くの人々の所謂「生老病死」に医者として関わってきました。
私なりの「独断と偏見」の人生観が出来上がってきたようですので、隠居医者の独り言として、記録に残してみようと思います。

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