隠居医者の独り言

フクタ皮フ科院長の「独断と偏見」によるブログです。

2006年05月23日(火)

世間の常識 [地域情報]

私の住んでいる愛知県江南市は、ふじのまち江南として、曼陀羅寺の藤まつりを地域興しの目玉としてきました。ところが、肝心の藤の花が近年勢いがなくなり、最近は観光客にも不評のようです。そこで行政は、樹木医さんに相談して手入れをしているようですが、その成果はまだ見られません。

10年以上前に、地区の役員をしていた折、「曼陀羅寺の藤の花だけではいずれダメになると思います。今は曼陀羅寺という点の存在でも仕方ないけど、江南市内の公園に藤の棚を作り点を増やして、更にそれらを繋いで線にして、最終的には面にまで増やして、江南市中に藤の花を咲かせないと、いずれ目玉ではなくなると思うよ。」と忠告しておきました。

最近、その職員に役所で会う機会がありましたので、その話を昔話のように話していると、彼は、「今年から本格的に、曼陀羅寺の藤の手入れを専門家にお願いしました。更に、間引きした藤の樹は、一般市民に無料で差し上げることになったんですよ。」と胸を張って言います。それを聞いて私は、「まず一般の家の庭に、大きな藤棚を作るのは無理でしょう。なんで公園に藤棚を作って、増やして行かないのですか?」と尋ねると、彼は「それは担当が違うものですから…」と少し逃げ腰になるのです。

そのとき私は、ああこれが組織のかばい合いで、いわゆるお役所の常識ですが、世間では非常識で、後で余分な税金をまた使うことになるのにな、と思ったのでした。でも、医者には医者の常識があり、それは世間の非常識なのだろうなと思い、「人のふり見て我がふり直せ」のことわざが頭をよぎりました。

Posted by 福田金壽 at 13時44分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2006年05月21日(日)

琵琶湖一周ツーリング [活動記録]

ゴールデンウィーク後、ぐずついた天気が続いていましたが、今日は朝からからりと晴れた久しぶりの五月晴れに恵まれました。友人に誘われて、琵琶湖一周ツーリングにチャレンジしました。

コースは長浜市の豊公園をスタートして、反時計回りに琵琶湖を回り、琵琶湖大橋を渡ってスタート地点に帰る、1周145kmです。今回は佐渡島のトライアスロン(BIKE 105km)のことも考えて、スタートから頑張ってみようと思っていました。

画像(180x127)・拡大画像(640x455)

そうは思っても、頭と体は別なようで、スタート直後から、先頭集団からはどんどん引き離されます。やはり、寄る年波には勝てませんワ。それでもと気を取り直して、先頭から4、5番目の集団にくっついて走ることにしました。集団にくっついていると、何とかついて行けるものですから、不思議ですね。でも、人間とはそんなものなのでしょう。

画像(180x135)・拡大画像(720x540)

出発して4時間位で、その集団から引き離されると、急激にテンションが下がって気力がなくなります。私の脳みその中では、引き離された瞬間に、ドーパミンとかエンドルフィンといった脳内物質が切れて、体が動かなくなったのでしょう。それからは、少し回りの風景も楽しみながら走って、最後は5時間30分でゴールしました。

久しぶりに緊張感を楽しめた一日でした。写真は、長浜城が見える豊公園駐車場の木陰です。

Posted by 福田金壽 at 17時10分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2006年05月18日(木)

天気の良い日は [診察室より]

私の診療所は、皮膚科5割、人生相談所5割の割合で運営されているようです。その理由は、病気の患者さんの話を聞いていると、体は疲れているのに、頭はいつもと同じ自分であろうとすることに、体が拒否反応をしているのが病気であると、私自身が考えるようになって、その事を患者さんにもわかってもらおうとしていると、自然にそうなってしまうのです。

そんな思いに至らしめてくれた患者さんの一例を紹介します。年齢は80歳代後半、10年ほど前に夫を亡くし、娘さんは近くに嫁いでいますが、現在はミニチュアダックスと一緒に独居生活を楽しんでいます。

このおばあちゃん、ご主人が亡くなって数年間は、あそこが痛い、ここがかゆいと言って沈んでいました。心配した娘さんが、犬でも飼って気を紛らしたらということで、ミニチュアダックスと一緒に暮らすことになったのです。するとおばあちゃん、犬が喜ぶということで、すぐにえさを与えて、みるみる間に犬は太って12kgになり、おばあちゃんも足が弱って歩けない、犬は太って歩けないという、マンガみたいな状況になってしまいました。

その話を聞いて、私はいつもの調子で、「まあ、薬も全部やめて、天気の良い日はお弁当を作って、マロン(犬の名前)を連れて散歩して、外の気分の良い所でお弁当を食べといで。」と言ったのでした。

その数ヶ月後、おばあちゃんは診察室に入ってくるなり、ニコニコして「私は元気になりました。マロンの体重も4kg減りました。」と言いました。「それは良かったネ。どうしたらそうなったの?」と尋ねると、「先生に言われたとおり、天気の良い日は弁当を作って、マロンと一緒に散歩して、外で弁当を食べとったら、自然にこうなりました。」と嬉しそうに教えてくれました。私の助言を忠実に実行してくれたのです。

こんな事実を経験すると、こちらの頭の中も、少しではありますが、変化し始めるものです。

Posted by 福田金壽 at 19時54分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

2006年05月12日(金)

皮膚科を選択した理由(ワケ) [診察室より]

今日も朝日新聞の1面に、産科・小児科に続いて脳外科でも、若いお医者さんの希望者が減少しているとの記事がありました。この問題について、独断と偏見の意見を書きます。

まず、私が医学部へ入学した当時(35年前)、入学者120人ほとんどが男性で、女性は4人でした。ところが最近は、女性の入学者が増加して、4割以上を女性が占めているそうです。女性は、結婚・出産・子育て等に対して、男性以上にエネルギーを求められます。当然、手術の多い診療科は、それだけで敬遠されます。

次に、医学部を卒業する頃、人口に対して医者の数を表してみますと、人口10万人に対して100人程度でした。その後、医学部の新設が相次ぎ、今では10万人に対して倍の200人位と聞いています。更に、日本では少子高齢化に伴う人口減も予想以上に早く進行して、今後急速に人口に対して医者の数は増加するでしょう。

現在の日本国は、国債発行高700兆円といった未曽有の借金があり、今後、増税、社会保障の引き下げは断行されるでしょう。更に、法学部ではロースクールが2年前から開設され、今後、弁護士さんの数も増加します。そうなれば、医療訴訟も今よりも数が増え、1件あたりが高額になることが予想されます。

開業後のことを振り返ってみますと、収入はほとんど頭打ちで、必要経費はどんどん増加しています。それに、累進課税の制度がありますので、たくさんの患者さんを診ると、疲れてリスクは高くなるのに、可処分所得はそんなに増加しないことになります。

皮膚科医院での診療スタイルも、大きく変化しています。視力は老化に伴い老眼が進行して、視力の衰えとともに根気もなくなり、手術はあまりしなくなりました。最近では、病気を治すという思いよりも、病気も人生であり、いかに付き合って行くと予防できるかという事に重点を置いた、いわゆる予防医学に力点が移っています。

以上が、私が医学部へ入学してから35年の、医療を取り巻く変化と、自分自身の変化についてですが、想定内のものもありましたし、想定外の事もありました。35年前には、私も諸先輩の助言等を参考にして、皮膚科を選択したわけですが、今になって、それは間違っていなかったなと感じています。

私から見ても、今、若いお医者さんに、産科・小児科に続いて、脳外科を志す人が少なくなってきている事が、よく理解できるのです。

Posted by 福田金壽 at 08時38分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

2006年05月10日(水)

尊厳死宣言書申し込み殺到 [健康管理]

中日新聞5月9日夕刊2面。話題の発端として、富山県射水市民病院問題から1ヶ月。「無意味な延命措置は一切お断り」として、リビングウィル(尊厳死の宣言書)を求める人たちが、4月だけで1万人を突起したとの記事が掲載されていました。

それによると、1976年に衆議院議員であった医師が、日本尊厳死協会を立ち上げ、尊厳死の宣言書を発行している。宣言書には、(1)傷病が不治で死期が迫っている場合無意味な延命治療は一切断る (2)苦痛を和らげる処置は最大限に実施 (3)数ヶ月以上の植物状態に陥った時は一切の生命維持措置を取りやめる等を、家族や医療担当者へ宣言してあるそうです。

しかし、尊厳死そのものの法的位置づけが定まっていない以上、この宣言書も法的位置づけが明確にされているわけではないそうです。

尊厳死の法制化には、さまざまな問題点があるようで、未だに法制化されていませんし、これからも難しいのではないかと思います。それでも、ご自身に尊厳死を認め、また望まれる方は、宣言書の(1)〜(3)だけでも記入署名しておかれることを、私はお勧めします。

理由は、医療の第一線で、患者さん及び家族の苦痛を見て悩む医療担当者にとって、それがあれば医療行為を行う上での1つの大きな指標になり得るからです。

私自身も、今は医療担当者の立場に立っていますが、いつ患者側の立場に立つかもしれませんので、さっそく宣言書を作って記入しておきたいと思います。

Posted by 福田金壽 at 20時50分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 1 )

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福田金壽

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院長

福田金壽

生まれ故郷の江南市布袋町で、皮膚科医院を昭和57年に開業しました。その間、数多くの人々の所謂「生老病死」に医者として関わってきました。
私なりの「独断と偏見」の人生観が出来上がってきたようですので、隠居医者の独り言として、記録に残してみようと思います。

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