隠居医者の独り言

フクタ皮フ科院長の「独断と偏見」によるブログです。

2008年10月06日(月)

所信表明 [診察室より]

私は皮膚科開業医として、多くの患者さんを診てきました。その経験から、ほとんどの病は、心(脳の機能)と身体のバランスの乱れから生じる、自律神経、ホルモン系の乱れが主な原因となっていると思うようになりました。

現代社会は、結果・効率を高く求めます。その要求に対して脳ミソは、うまくやろう何とかしようと、どんどんテンションを上げていきます。その命令を受けて動く身体は、あくまで自然であって、そのハイテンションに耐えられなくなると、病気という形を出して、脳ミソに信号を送っているものと考えます。

何かに悩んでいたり、イライラしているときに、試しにちょっと建物から外に出て、深呼吸をしたり、気分転換で散歩でもしてみてください。身体は正直ですから、その効果はすぐに実感できると思います。

診察室でも、今までの経験から得られたことを中心に、患者さんとの対話を通して、病気の原因や対策を考えて、最小限のくすりで最大の効果を出すことができないものかと考えて、日々を暮らしています。

私は今日、57歳の誕生日を迎えました。50歳のときは、体重103kg、ウェスト105cm、軽度高血圧、高脂血症、運動らしきものは月1〜2回のゴルフ、という生活をしていました。今流行している、メタボリックシンドロームの典型でした。

あるとき、高校時代の友人に誘われて、初めて山登り(雲仙山)に行ったのですが、小さな子供がヒョコヒョコ楽しそうに登って行くのに、私は息切れがして、頂上までたどり着けませんでした。それがくやしくて、それから毎日近くの五条川を歩くことから始め、徐々に距離を伸ばして行って、更に体力がつくと鳩吹山の散歩になり、数年前からはトライアスロンにまで発展していきました。

その結果、今は体重80kg、ウェスト82cm、体脂肪17%、血圧も正常、血中のコレステロール・中性脂肪も正常になって、きわめて体調も良く毎日の生活を送っています。

あのときに、友人に誘われて山登りをしなかったら、今頃は生きていても、高血圧、高脂血症のただのデブで、くすりも手放せない状態であったと思います。できるだけ今の状態を保って、できればピンピンシャンシャンと生きて、コロッと死ぬPPKを目指していきたいと思います。

Posted by 福田金壽 at 23時37分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2008年05月17日(土)

天変地異 [閑話]

ミャンマーでは、インド洋上で発生した巨大サイクロンの上陸により、お隣中国四川省では、大地震が発生して、共に数万人の方が犠牲になったと報道されています。被災された方にとっては、大変お気の毒なことと思います。

これらの天変地異も、数十億年の地球の歴史から見れば、ごく当たり前の出来事なのでしょう。恐竜がわが世を謳歌していた頃は、気温も高くて海水温も高く、そのエネルギーで巨大なサイクロンが発生したでしょうし、インドが南極から離れてアジアユーラシアプレートにぶつかって、その勢いで海底から持ち上がって、8,000m級のヒマラヤ山脈ができ上がったことを考えれば、この程度の地震は当たり前のことなのでしょう。これらを天変地異として、大変だと騒いでいるのは、我ら人間の勝手な見方のように思います。

ひるがえって考えますと、私が小学生の頃、地球の人口はたしか20数億人だったと記憶します。それがたった50年間に、約3倍の60数億人となり、また、この人口増加は止まらないであろうと言われています。この間に、人間は好むと好まざるとに関わらず、さまざまな動植物を絶滅させてきました。

地球をひとつの生命体と考えれば、人間などばい菌かウィルス程度のもののはずです。これが他を絶滅させて、自分たちだけ増殖しようというのは、いかにも勝手な話のように思えます。人間で考えれば、風邪ウィルスが増えて風邪をひけば、体温を上昇させてウィルスをやっつけようとします。これと同じで、人口爆発から、地球自身を守ろうとしているかのように見えてきます。

こんなことを考えていると、お前が減らされる立場になったらどうすると言われそうです。それに対しては、私も還暦近くまで生きることができましたので、もしそうならば、しっかりとそれを運命として受け入れる覚悟は出来ていますと答えます。

Posted by 福田金壽 at 16時38分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2008年05月07日(水)

おっさん達の中部縦断 [活動記録]

5月3日から6日まで、ゴールデンウィークを利用して、江南から能登半島の先端 珠洲市まで、BIKEツーリングをしました。今になって思えば、歳も考えずにかなり無茶な計画だったようです。

5/3
  • 江南を出発(AM6:00)→ひるが野高原(AM12:00)→富山県荘川温泉着(PM6:15)
  • 全長約220km
5/4
  • 荘川温泉出発(AM8:45)→羽昨市(AM11:00)→輪島着(PM5:15)
  • 全長約150km
5/5
  • 輪島出発(AM9:40)→珠洲市着(AM11:30)
  • 全長約50km、七尾市和倉温泉泊
5/6
  • 和倉温泉から自動車で江南まで移動
画像(320x106)・拡大画像(720x239)
感想

半年ぶりに乗るBIKE(自転車)です。スタートして100km位から、おしりが痛くなってきました。これは予想通りでしたが、不思議なことに150kmを越える頃には、この痛みは徐々に遠のいていきました。

途中、BIKEに乗った若い人達に、あっという間に追い越されました。若い人達には勝てません!このときばかりは、歳の差、体力差をまざまざと見せつけられました。

3日目、BIKEで並走してくれた、同級生の稲山君、そして、自動車やBIKEで並走してくれた、倉橋さん、柴田さんに、改めてお礼を言います。皆さんの協力がなければ、この計画は実行できませんでした。ありがとうございました。

Posted by 福田金壽 at 16時46分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2008年04月27日(日)

再チャレンジ成功 [活動記録]

画像(180x135)・拡大画像(640x480)

昨年は、途中から下痢と腹痛になり、50km地点でリタイアした富士五湖100kmマラソンに、今年も再チャレンジしました。今年は何としても完走が目標です。

朝5時に、小雨まじりの天気の中、富士吉田市の北山麓公園をスタートしました。雨は8時頃には上がり、絶好のマラソン日和でした。

画像(180x135)・拡大画像(640x480)

昨年リタイアした50km地点を、スタートから6時間の11時頃に通過することが出来て、今年は何とかなりそうだなと心の中で思っていました。

しかし、100kmマラソンが、思ったようには行くわけがありません。精進湖を通過する頃から両足に血豆ができて、だんだん大きくなって行き、本栖湖を折り返すあたりにはそれが破れて、一瞬激痛が走りました。そんなことでリタイアする気持ちもなかったので、そのまま続けているうちに、痛みも何とかおさまってきたのです。

画像(180x135)・拡大画像(640x480)

躯体は不思議なものだなと変に感心しながら、歩いたり走ったりを繰り返していました。そして、制限時間の15分前に、何とかゴールすることができました。

両足に血豆、脚は筋肉痛で棒状態ですが、気分は最高の一日でした。

Posted by 福田金壽 at 20時59分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 1 )

2008年04月18日(金)

ダイナミックCT [診察室より]

昨夜は久しぶりの友人と盃を酌み交わし、今日は朝から立派な二日酔いです。午前中の診療は何とか終了させたものの、昼食も食べられない状態で、ベッドの中にもぐり込んで寝ていました。

気持ちよく寝ていたところ、携帯電話の呼び出し音で目が覚めました。相手は例の膵臓癌の友人です。そして、電話口で声が弾んでいます。

聞いてみれば、今日、1年ぶりでダイナミックCT(普通のCTより画像が鮮明で解像度が高い)の検査をして、主治医の先生から次のような説明を受けたのだそうです。

  1. 膵臓の腫瘍は約2.5cmで、1年前とほとんど変化していない。
  2. 小腸への転移は1年前と比べてもほとんど変化していない。
  3. 大腸には新しく転移した所見は認められる。
  4. 肺や肝臓など、その他の臓器への転移は認められない。

その結果が嬉しくて、早く誰かに伝えたくて電話したとのことでした。

私は今まで、癌治療については、早期発見・早期治療(外科療法、放射線療法、化学療法、免疫療法)が大事で、他の臓器に転移したような進行癌では、手のつけようがないものであると信じていたところがありました。

いやいや、人間の躯体は不思議なものですね。癌とも共生することが可能なのだということを、この友人を通して新たに知ることができました。私も大変嬉しくなったので、早速報告しておきます。

Posted by 福田金壽 at 23時45分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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福田金壽

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院長

福田金壽

生まれ故郷の江南市布袋町で、皮膚科医院を昭和57年に開業しました。その間、数多くの人々の所謂「生老病死」に医者として関わってきました。
私なりの「独断と偏見」の人生観が出来上がってきたようですので、隠居医者の独り言として、記録に残してみようと思います。

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